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「オーバーツーリズム」は“迷惑”か“ブランド資産”か

― 京都・飲食店・訪日外国人から考える、観光大国ニッポンのマーケティング戦略 ―


目次

  1. オーバーツーリズムとは?いま日本で何が起きているのか
  2. 「観光大国」を目指す日本が抱えるジレンマと市場の現実
  3. 京都を事例に読む:訪日外国人・飲食店・地元住民のリアル
  4. オーバーツーリズム時代のマーケ戦略:差別化と高価格帯へのシフト
  5. 飲食店・小規模事業者ができる実践アイデア(新メニュー&体験設計)
  6. 観光地マーケ担当者の仕事:ターゲット再設計とルート分散のブランディング
  7. 成功要因を整理する:メリットとデメリットを踏まえた設計図
  8. まとめ:オーバーツーリズムを「嫌われる満席」から「愛される繁盛」へ

1. オーバーツーリズムとは?いま日本で何が起きているのか

オーバーツーリズムの定義

オーバーツーリズムとは、観光客が一部のエリアや時間帯に過度に集中し、
地元住民の生活や環境、観光体験そのものに悪影響が出ている状態を指します。

典型的には、こんな現象です。

  • バスや電車が観光客で満杯になり、通勤・通学に支障が出る
  • 住宅街が「撮影スポット化」し、プライバシー侵害や騒音が発生
  • 家賃や宿泊料金が高騰し、地元の人が住み続けにくくなる
  • ごみ・マナー・渋滞など、生活インフラへの負荷が増大

日本では、訪日外国人の急増と円安、SNS映えスポットブームなどが重なり、
京都や大阪、東京などでオーバーツーリズムが顕在化しています。(World Economic Forum)

訪日外国人の急増と“嬉しい悲鳴”

2024年、日本を訪れた外国人旅行者数は、過去最高の約3,690万人に達したと報告されています。(Nippon)
これにより、訪日外国人の消費額も過去最高を更新し、観光は日本の主要な“輸出産業”クラスの存在になりました。(ウィキペディア)

一方で、京都や大阪など人気エリアでは、

  • 「バスに乗れない」
  • 「飲食店に地元の人が入りづらい」
  • 「ホテル料金が高くて地元の人が泊まれない」

といった不満が住民から上がっています。(Japan Today)

観光大国を目指しながら、地元から嫌われる観光地になってしまう——
これが、いま日本が直面しているオーバーツーリズムの核心です。


2. 「観光大国」を目指す日本が抱えるジレンマと市場の現実

日本政府は、2030年までに訪日外国人を年間6,000万人規模に増やす目標を掲げています。(ニューヨーク・ポスト)
つまり、「観光大国」としての市場拡大は、国としての戦略です。

しかし、マーケティング視点で見ると、ここには明確なジレンマがあります。

  • 量(人数・消費額)を増やすほど、オーバーツーリズムリスクも高まる
  • 短期の集客成功が、長期的なブランドダメージを生む可能性がある

実際、日本政府や自治体は、

  • 人気観光地での人数制限
  • 入山料・観光税・宿泊税の導入
  • 地方や未訪問エリアへの分散促進

など、オーバーツーリズム対策を打ち始めています。(East Asia Forum)

つまり、**「たくさん来てほしいけれど、来すぎてほしくない」**という矛盾を、
どうマーケティングで解くかが問われているのです。


3. 京都を事例に読む:訪日外国人・飲食店・地元住民のリアル

京都はオーバーツーリズムの“象徴的なケース”

とくに京都は、世界的に有名な観光都市でありながら、
オーバーツーリズムの負荷も最前線で受けている都市です。(Tokyo Weekender)

  • 祇園・清水寺周辺に観光客が集中
  • 舞妓や芸妓を追いかけて撮影するマナー違反
  • バスや飲食店が常に混雑し、生活に支障が出る

こうした問題への対策として、京都の祇園では、
一部エリアでの写真撮影禁止や、私道への立ち入り制限などのルールが導入されています。(ザ・ガーディアン)

さらに、京都市は宿泊税を大幅に引き上げる方向で動いており、
高価格帯のホテルには高い税率が課される「観光税的な仕組み」が議論・決定されています。(The Economic Times)

これは、「観光大国」としての収益確保と、「住みやすい街」の両立を模索する試みです。

飲食店・小売・サービスの現場で起きていること

京都の飲食店や土産物店、体験型サービスは、訪日外国人の増加によって売上が伸びる一方で、次のような課題も抱えています。

  • 行列で地元客が来づらくなる
  • メニューやオペレーションが“観光客仕様”に寄りすぎ、常連離れが起きる
  • 英語対応や多言語対応の負荷が増える
  • オンラインでの評価(レビュー)が売上を左右する

ここには、単なる「人が多すぎて大変」という問題を超えた、マーケティング上の構造的な課題が潜んでいます。

表1:オーバーツーリズムがもたらす影響の整理

ステークホルダーポジティブな影響(メリット)ネガティブな影響(デメリット)
地元住民雇用・所得機会の増加、街の活気生活の質低下(混雑・騒音・マナー)、住居・物価の上昇
飲食店・小売店売上増加、新規顧客獲得、口コミ拡散オペレーション負荷増、常連離れ、サービス品質のばらつき
観光地・自治体税収増加、国際的な認知向上インフラへの負荷、住民との摩擦、ブランドイメージ低下
訪日外国人多彩な体験・コンテンツへのアクセス混雑による満足度低下、期待とのギャップ

マーケターの仕事は、
この メリットとデメリットのバランスを取りながら、「誰に・どんな価値を届けるか」を再設計することです。


4. オーバーツーリズム時代のマーケ戦略:差別化と高価格帯へのシフト

「量」でなく「質」で勝つ観光大国へ

観光大国としての日本は、しばらく訪日外国人の「量」は伸び続けると予想されます。(ウィキペディア)

その中で、京都のような人気エリアにいるプレイヤーほど、
“集客数”よりも“どんな顧客に、どんな体験を提供するか”にフォーカスする必要があります。

ここで鍵になるのが、

  • 差別化
  • 高価格帯へのポジショニング
  • ブランディングとUSP(自社だけの提供価値)の明確化

です。

差別化の軸を「値段」から「体験価値」へ

オーバーツーリズム下の飲食店や観光施設は、
「なんとなく立地が良いから」「口コミが多いから」選ばれがちです。

しかし、長期的に見て生き残るのは、

  • 来てほしいターゲットを明確にし
  • そのターゲットにとっての“体験価値”を設計し
  • その価値をきちんと伝えられるブランド

です。

たとえば京都の高価格帯の料亭・飲食店であれば、

  • 単に「高い料理」ではなく、
    • 一見さんお断り文化の背景
    • 京野菜や発酵文化などのストーリー
    • 静けさを守るための人数制限や予約制

まで含めて、体験全体をブランド化できます。

高価格帯は「ぼったくり」ではなく「守るための価格」

オーバーツーリズム対策として、宿泊税や観光税、入場料の値上げが行われると、
一部では「値上げ=ツーリストいじめ」といった批判も出ます。(The Times)

しかしマーケティング的には、

  • 街の暮らしと文化を守るための“適正な価格”
  • 混雑を抑え、体験の質を守るための“フィルター”

としての高価格帯という捉え方もできます。

このとき重要なのは、

  • 何に使われるお金なのか
  • その結果、どんな良い体験が守られるのか

を、きちんとブランディングの文脈で説明することです。


5. 飲食店・小規模事業者ができる実践アイデア(新メニュー&体験設計)

ここからは、京都などオーバーツーリズム地域にある
飲食店や小規模事業者がすぐに使えるマーケティングアイデアに落とし込んでいきます。

5-1. 新メニューは「混雑をさばくため」ではなく「世界観を伝えるため」に作る

オーバーツーリズム下の飲食店は、
“効率よく客数を回すための新メニュー”を作りがちです。

しかし、訪日外国人は「早く出てくる料理」だけを求めているわけではありません。

  • その街らしさ
  • その店ならではの哲学
  • その地域の歴史やストーリー

が伝わる新メニューの方が、
結果としてSNSでの拡散や、再訪につながりやすくなります。

例:

  • 京都の飲食店なら
    • 京野菜を使いつつ、ベジタリアン・ヴィーガン対応も兼ねた「季節の一皿」
    • 出汁文化を体験できる「小さな利き出汁セット」
  • 下町の居酒屋なら
    • 常連と観光客が一緒に楽しめる「おすすめ3品×ストーリー解説付きメニュー」

新メニューは、オペレーション効率と、ブランドのUSPを同時に反映させる設計が理想です。

5-2. 「時間」と「体験」で高価格帯を正当化する

ピークタイムの混雑を前提に、「高価格帯の枠」を設計するのも一つの手です。

  • 混雑前後の時間帯に、
    • 店主による解説付きコース
    • 少人数限定のテイスティングメニュー
    • 京文化や地域の話を織り込んだ体験型ディナー

などを組み込めば、

  • 顧客にとっては“特別な体験”
  • 店にとっては“高単価かつコントロールしやすい時間枠”

になります。

ここでのポイントは、

高価格帯=量や豪華さではなく、「時間」「静けさ」「学び」「交流」といった、
目に見えない価値を束ねて提供すること

です。

5-3. メリットとデメリットを正直に伝える

高価格帯や予約制を導入する際には、

  • メリット:
    • 落ち着いた雰囲気で食事ができる
    • 丁寧な説明や接客が受けられる
  • デメリット:
    • 気軽にふらっと入るには向かない
    • 予約時間が制約になる

といったメリットとデメリットを明示するほうが、
ターゲットとのミスマッチを減らせます。


6. 観光地マーケ担当者の仕事:ターゲット再設計とルート分散のブランディング

「誰に来てほしいか」を決め直す

観光地マーケティングの現場では、
「とにかく訪日外国人を増やしたい」という発想から卒業しなければなりません。

  • リピート訪問してくれる層なのか
  • 長期滞在して地域にお金を落としてくれる層なのか
  • 地方にも足を伸ばしてくれる層なのか

ターゲットを設計し直すことで、
オーバーツーリズムではなく、持続可能な観光市場が見えてきます。(East Asia Forum)

ルート分散は「余り物」を押しつけることではない

よくある失敗は、

人気観光地の混雑を嫌う → 「ついでに地方もどうぞ」と雑に振る

というやり方です。

本来は、

  • 京都の“王道スポット”をきちんと体験した上で、
  • そこでは味わえない「静けさ」「ローカルな人との交流」「自然」を求める人に、
  • 別の地域や時期を提案する

という、ターゲットの価値観に寄り添った分散設計が必要です。

表2:ターゲット別・分散戦略のイメージ

ターゲット像求める体験コア都市(例:京都)での役割分散先・提案の方向性
初めて日本に来る訪日外国人定番スポット・有名寺社・SNS映え「日本と京都の教科書的体験」を提供2回目以降のための「次の旅」提案
リピーター深い歴史・文化の理解・交流玄関口としての滞在+テーマ性のある体験近隣エリア(地方都市・里山など)へ
ロングステイ型のワーケーション層日常+非日常/暮らすように滞在交通・情報のハブ/最初の数日の拠点中長期滞在向けの地方・海辺・山間地域

観光大国のブランディングとは、
「どんな旅のストーリーを提供する国なのか」を設計することでもあります。


7. 成功要因を整理する:メリットとデメリットを踏まえた設計図

ここまでの内容を、「施策タイプ別の成功要因」として整理してみます。

表3:オーバーツーリズム対応施策の成功要因と課題

施策タイプ成功要因(何が決め手になるか)主な課題・デメリット
高価格帯・プレミアム体験の導入価格の理由と価値の説明が一貫している/限定性が明確「高いだけ」に見られないブランディングが必要
観光税・宿泊税の導入使途・目的が住民と観光客に透明に説明されている“取りやすいところから取っている”という印象との戦い
新メニュー・新商品での差別化地域性・ストーリー・食文化など独自性が盛り込まれているオペレーション負荷/中長期的な改善サイクルの確保
地方・周辺エリアへのルート分散ターゲットの価値観に合わせた「行く理由」の設計交通・情報・受け入れ体制などハード面の整備
観光マナー・コードの策定(touristship等)ポジティブなトーンで伝えられている/多言語対応“説教されている感”を出さずに行動変容を促す難しさ

重要なのは、どの施策にも必ずメリットとデメリットがあるという前提で設計することです。

メリットだけを並べた企画書は、現場に落ちた瞬間に破綻します。
デメリット・課題まで認識したうえで、

  • 誰に(ターゲット)
  • どんな価値(USP)を
  • どのようなブランドストーリーで届けるのか

を明確にすることが、マーケティングの仕事です。


8. まとめ:オーバーツーリズムを「嫌われる満席」から「愛される繁盛」へ

最後に、このテーマに対するメッセージを一言でまとめると、

オーバーツーリズムとは、「数の成功」が「質の失敗」になりかねない状態であり、
それを“ブランドの成熟”に変換できるかどうかが、観光大国の腕の見せどころ

だと言えます。

  • 訪日外国人が増え、市場が拡大しているのは紛れもないチャンス
  • しかし、飲食店・住民・自治体の疲弊が進めば、ブランドとしての日本は長期的に選ばれなくなる
  • 京都のような象徴的な都市は、「課題の最前線」であると同時に、「解決策のショーケース」にもなり得る

だからこそ、マーケターや事業者は、

  • ただ「人を集める」発想から
  • 「どんな人に、どんな体験を届けるか」を中心に据えたブランディングへ
  • 差別化されたUSPを持つ高価格帯の体験・新メニュー・ストーリーを設計し
  • メリットとデメリットを正直に伝えながら、ターゲットとの関係を深めていく

という方向に舵を切る必要があります。

オーバーツーリズムは、“観光の行きすぎた成功”の裏側にある、
マーケティングとブランディングの解きがいのある課題です。

「人が多すぎて大変だ」で終わらせるか、
「この状況だからこそ、自分たちの価値を磨き直そう」と捉えるか。

その選択が、これからの京都、そして日本全体の観光大国としての姿を決めていきます。

この記事を書いたライター

ゆいマーケロゴ

ゆいマーケメディア編集部
今話題になっているテーマを、マーケティング視点で分かりやすく記事にして解説します!

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